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訪問看護ステーション

訪問看護ステーションが4月に開設しました。

今まではほほ笑の森の中だけでしたが、今度からいろんな場所で様々な出会いがあるのだと思います。



一昨日病院から帰られた方に訪問看護に行かせていただきました。
病状は厳しいものでしたが、奥様のそばに帰りたいと希望され、奥様が住まれている高齢者住宅に帰ってこられました。

初めて訪問させていただいてお身体のご様子を伺いました。
そして、いろんなお話をさせていただきながら、「今どんなことがしたいですか?、どうしたいですか?」とお聞きしました。
「わからへん」とのお返事。
「自分の人生ですもの、最後まで自分のあーしたい、こーしたいを教えて下さい。私たちはそれをおささえしたいのです」とお話させていただきました。
「そんなんゆうてもええんか?」と一瞬お顔がパッと明るくなった感じがしました。
自分の体がいうことをきかなくなって、そして長い間病院で入院していて、先生や看護師の言う事を聞かないといけないものだと思い込んでいたとおっしゃっていました。


”最後の最期まで自分で選んで、自分で決める”

簡単なようで今の時代は難しいのかもしれません。


朝に訪問させていただき帰ってきましたが、帰り際には「またね」ととてもいい表情で手を振ってくださいました。

しかしその夕方に電話があり、奥様に見守られて穏やかに静かに天国に旅立たれました。

本当に本当に短いお付き合いとなってしまいましたが、心が満たされた時間をいただきました。

大変な病状でもお父様の思いを一生懸命に叶えようとされたご家族様、暖かい見守りをしてくださっている高齢者住宅のスタッフの皆様、様々な方の思いが、穏やかなお看取りになったのだと思います。

このご縁に本当に感謝しました。









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自然死のすすめ 中村仁一先生講演会

本日はたくさんの方々に来ていただきました。
本当に、本当にありがとうございました。

準備不足で至らない点が多々ありましたことお許しください。

講演の動画を以下のYoutubeにて公開しました。
よろしければ、ぜひご覧ください。




これからもほほ笑の森はゆっくり、じっくり進んでまいりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

自然死のすすめ  中村仁一先生講演会


↑上記のチラシ画像クリックで大きな画像が開きます


『自然死のすすめ』

 日 時: 5月26日( 13:30 ~ 15:30
 場 所: あいめっせホール


 〒670-0012 姫路市本町68番地290 イーグレひめじ3階 


大きな地図で見る

 
 定 員: 280名
 講 師: 中村仁一 先生
       老人ホーム「同和園」附属診療所所長
 参加費: ¥1000
 申込み: ほほ笑の森 
        電 話: 079-278-0582
        電 話: 070-5669-1352
        FAX:  079-284-5257
        メール: info@morehuman.jp


 指名・参加人数・連絡先をご記入の上、
 できるだけFAX・メールでご連絡ください。



 
   

ホームホスピス

今まで病院で働いてきて、十分なお歳を重ねれれた方の医療のあり方に疑問をもってきました。

最期まで家で過ごすことができれば良いのですが、なかなか難しいのが現状です。

そうかといって施設は50人から100人という大人数で暮らし、お風呂の時間になると、日勤でも50人の人数を1人か2人で見ています。お風呂などは芋の子でも洗うような、ベルトコンベア方式。
夜勤に看護師がいたとしても、結局は看取りはできないと病院に送られてしまう。


そんな時に、宮崎にホームホスピスというシステムがあるのを知りました。
これが最高だとは思わないのですが、今の現状で、私にもできるかもと思いました。


尼崎にもホームホスピス逢愛の家があります。


見学させていただいたのですが、住宅地にひっそりと建っていまして、本当に普通の家でした。
そこに5人程度住まれていました。


なんだかあったかくて、ほっこりして、特に何ということはないんですが、とても心地よい家でした。






看取り

今日は中村仁一先生の講演会のため京都に行きました。
"大往生したけりゃ医療とかかわるな"を出版されるまでは多くて50人ぐらいだった参加者が、今日は会場に入りきれないほどの盛況ぶりで、ざっと100人ぐらいは参加されていたと思います。
しかも遠くは名古屋から、四国の徳島や九州から飛行機に乗って参加されている方もいらっしゃいました。

上記の本は現在40万部売れているそうです。
やはり時代が欲しているのかなと思います。

さて、今日の講演会の内容は、『いい看取りとは』でした。
私の中でもいつもテーマとなっている問題だったのでどうしても先生のお話が聞きたかったのです。


よく「いい看取りだった」と語られますが、誰にとっての"いい"なのでしょうか?
本人、家族、介護者、あるいは医療者なのでしょうか?いずれもが満足できれば理想的ですが、しかし、少なくとも本人の満足なくして他者の満足などあり得えない、と先生はおっしられていました。
私も全く同じ考えです。病院で勤務しているときによく感じたことは、自分の最期であるにもかかわらず、ほとんどの方が自分の最期はこうしたいということを全く考えていないということでした。結局は家族の意向に添う医療が行われることになり、本人の意志に添うものだったのかな疑問に思わずにはいられないものが多かったのです。
亡くなられる方にあなたは満足でしたか?と聞くことは不可能なので、本当のことはわかりませんが‥‥


先生のお話しは、本人がいい看取りだったと思えるために、看取られる側と看取る側の心構えについて語られました。


まず看取られる側としての心構えとして
①早い時期から"死を視野に"入れ、生き方、死に方を考えておく。
②どうしてほしいのか、どうしてほしくないのか自分の考えを意思表示しておく。
③家族(遠くの親戚も含め)とよく話し合って、妥協点を時間をかけて見出だしておく、などてす。

看取る側の基本的心得として
①無用な苦痛を与えない
②不快がることはしない
③本人にとっての最善を考える

これらを中村先生は非常に重要なことと教えてくださいました。


家族、親戚はよく「やれるだけやってください」と言われることが多いですが、でもそれは誰にとってのものかを考えなければなりません。家族や親戚は自分の自己満足のためではなく、本当に本人にとってはどうなのかを考えてほしいと思います。普段からお互いに話し合っておくことが重要だと思います。


介護職の方、特養や老健で介護されている方に多いのですが、食べなければ弱ってしまうとばかりに、無理矢理に口に食べ物を突っ込む人がいます。無理矢理に入れられれば反射的に嚥下しますが、誤嚥の危険もあり、強制的に口に入れられているとしたら拷問といえます。もういらないと言う、伝えられない方でしたら表情を読み取るということをしてほしいと思います。本人にとってよかれと思っていることが、逆に苦痛を与えていることになっていることに気づいてほしいです。


次に医療者ですが、医療者にとっての「死」は、医療の敗北と考えている方がたくさんいらっしゃいます。
そもそも医療の目的は、回復することと、生活の質の向上のためにあります。
充分に生き、今命の灯が消えかけようとされている方に、少しだけ命を延ばすことが、本人にとってどうなのかということを考えるべきです。


いづれもの人が心から穏やかで、安らぎのある看取りであるなら理想的だと思います。
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